アメリカン・ヒストリーX

american-history-x(原題:American History X)
1998年/アメリカ
上映時間:119分
監督:トニー・ケイ
キャスト:エドワード・ノートン/エドワード・ファーロング/ビヴァリー・ダンジェロ/ジェニファー・リーン/ウィリアム・ラス/イーサン・サプリー/フェアルザ・バルク/ステイシー・キーチ/他

 




 

いよいよトランプ政権が本格的に発足し、世間を賑わせている今日この頃。

アメリカという大国が抱える人種差別、貧富の格差、その裏に見え隠れする白人至上主義という危険な思想。

 

そんな米国社会に根深く存在する、社会の病巣とも呼べる問題を浮き彫りにした問題作です。

世間的には有名かどうかは分かりませんが、映画好きには避けて通れない「名作」と呼ばれてしかるべき作品だと思います。

 

 

過激なわけでもなく、刺激的でもなく、淡々と流れる残酷な暴力の映像は気分の良いものではありません。

しかしある地域では現実にこういったことが起きているわけで、実際に少なからず日本でも起きている問題なわけで、他人事だからと目を背けるのもどうかなと思います。

 

人種差別や貧富の格差、どこの国にも、どの世の中にも存在する「差別」という人間の嫌な面。

少し古い作品ではありますが、こういった差別意識は過去の話ではなく、現在進行形の話です。

それを知ったところで僕らに何かできるわけではないですが、”知る”ことには大きな意味があるものです。

強い人はもっと強い人に頭を下げますし、弱い人はもっと弱い人につらくあたるものです。

 

そういった差別は人間社会のヒエラルキーが存在する限り無くなることはないでしょうが、「人種」を理由にした差別が無くなるべきなのは言うまでもないでしょう。

 

 

さっくりあらすじ

高校生の時、黒人に父親を殺されたことをきっかけに、異常なまでの白人至上主義を掲げる青年デレク。

ヒトラーを敬愛し、ネオナチ紛いのギャング集団のカリスマとして君臨していた彼だが、ある日に車を盗もうとした黒人を殺害し、服役することになる。

そんな兄の姿を尊敬し、弟のダニーもまた白人至上主義に傾倒し、スキンヘッド集団の仲間入りをしていった。

3年が経ち、刑期を終えデレクが出所する日、ダニーは学校の校長から直々に呼び出しを受ける。

論文のテーマにヒトラー著「ある闘争」を選んだことを危惧した校長は、日に一度の面接を義務付けた上、兄デレクに関しての論文を書くように命じるのだった。

そしてやっと再会した兄弟。

髪が伸び、かつてとは別人のように穏やかになった兄の姿にダニーは動揺するのだが、、、

 

 

 

 

american-history-x1スキンヘッド集団のカリスマ・デレク

 

Furlong-in-American-History-X-edward-furlong-27241087-853-480そんな兄の背中を追いかける弟・ダニー

 

American-History-X-3刑務所での経験がデレクを変える

 

 

 

「怒りは君を幸せにしたか?」

まずはデビュー作「真実の行方」での存在感もさることながら、それを上回る最高峰の演技力を発揮しているエドワード・ノートンに脱帽。

もはや演技が上手いとかのレベルではなく、演じる人物を正確に、的確に、違和感なく表現する想像力と知性はガチで神レベルかと思います。

どちらかと言えば優しい顔のつくりだなと思いますが、回想シーンでは父親の言うことに素直に耳を傾ける好青年として、その後はナチを敬愛する危険人物として、その変化があまりにも自然すぎて畏怖すら感じます。

 

実際に15キロ以上も筋肉を増強し、デレクの「怒り」をまんま表したような肉体。

心の弱さを筋肉の鎧で隠すような、そんなデレクの役柄に意気込むエドワード・ノートンの気合に共演者は軽く引いていたそうな

 

車を盗みにきた黒人を殺す際の残酷さ、母の交際相手に罵声を浴びせる際の表情、もうイッちゃってます。

根は優しく純粋だからこそ、真っ白だった心が黒く染まる時は果てしなく深い黒に近づくわけですね。

繊細であるがゆえに行き着く狂気、良くも悪くも彼の存在が光りまくっている印象です。

 

 

デレクの弟・ダニーを演じる、エドワード・ファーロングもまた素晴らしい演技で映画を彩ります。

 

兄の思想を無条件に信じていたにも関わらず、実際に黒人を殺せば動揺する姿。

しかし数年が経ち、兄のいない環境で(悪い意味で)たくましく成長し、白人至上主義により深く傾倒した姿。

イキがっていた少年が本当にヤバい道に踏み出そうとしている、そんな危ういバランス感覚を見事に表現しています。

 

 

 

物語としては白人至上主義を掲げる人々を背景に、過激な活動に励む兄の姿に憧れ、その背中を負う弟の視点で物語は進みます。

”ネオナチ”としてアメリカの利益を横取りする他人種を差別し、痛めつけることに意義を見出し始める弟・ダニー。

その考え自体が間違っていたと気付いた兄・デレクの想いが交錯し、コントラストのように照らし出される構成は深く、悲しいものです。

 

白人は黒人を憎み、埋められない溝を理由に迫害し、黒人は報復を求め白人を襲う。

デレク達が信じてやってきたこと、つまり黒人を排除する活動は既に自分たちの手を離れ、今となっては別の意思を持って成長していく。

 

またその意思に”利益”を見出し、利用しようとする者がいる。

利用される者はそれに気づかず、今日も黒人を襲う。

そんな負の螺旋から外れるために、兄デレクはどこか新しい場所で生きていこうと決心した矢先、弟のダニーは殺されてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒人の手によって。

 

 

 

 

 

 

あまりにも多くの人間たちの思想・打算・怨恨がこんがらがっていて、どうしたら解決できるのかは本当に見当もつきません。

憎しみの連鎖を断ち切るのには、またそれ相応の犠牲が必要なのでしょうか?

 




まとめ

アメリカでは新大統領のおかげで再び表面化し、ヨーロッパでは移民の受け入れで社会問題になった”人種差別”という概念。

あまりにも火種になる理由が多すぎて「怒りは人を幸せにはしない」という事実があるにしても、それだけでは納得できない人間の心。

 

差別の無い世の中はきっと良い世の中だと思うし、そう信じてはいますが、実現することは非常に難しいものですよね。

強烈な人種差別、根深い人種差別、それらの原因になり得る貧富の差や社会背景というものは、決して映画の中の話ではありません。

日本はもとより、現実に世界中で広がっている大きな問題です。

 

そんな問題に目を背けずに、解決しようとまではいかなくとも”知ろうとする”ことは大人の義務とも言えるでしょう。

知ることに意味があるんです。

 

オススメとは違いますがこれは非常に大切なことであり、意味のある映画です。

ぜひ一度ご鑑賞くださいませ。

 

 



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