(原題:THINGS WE LOST IN THE FIRE)
2008年/アメリカ・イギリス
上映時間:119分
監督:スサンネ・ビア
キャスト:ハル・ベリー/ベニチオ・デル・トロ/デヴィッド・ドゥカヴニー/アリソン・ローマン/オマー・ベンソン・ミラー/他
前回に引き続き、ベニチオ・デル・トロの演技が光るヒューマン・ドラマ。
脚本家やプロデューサーも兼務し、人の内面を描くことに定評のあるデンマーク出身のスサンネ・ビアが監督を務めました。
かつての仁侠映画の如く、やたらと演者のアップカットを多用するのが特徴的ですな。
本当に大事なものを失った時、人はどう受け止め、どう乗り越えていくのか?
様々な問題を受け入れ、解決し、また前を向く。
そんなヒューマニズム溢れる再生の物語です。
さっくりあらすじ
2人の子供に恵まれ、何不自由の無い生活を送っていたオードリーだったが、夫のブライアンが銃撃事件に巻き込まれ、死亡してしまう。
葬儀の当日、ブライアンの親友・ジェリーも顔を出した。
弁護士でありながら薬物に溺れ転落人生を歩んでいるジェリーだが、ブライアンだけは彼を見放すことなく関係を保ってきた。
オードリーは内心でジェリーのことを疎ましく思っていたが、誰よりもブライアンのことを理解しているジェリーに対し親近感を持ち始める。
そして、その日暮らしを続けるジェリーに対し、自宅の離れで一緒に暮らすことを持ち掛けるのだが、、、
薬物に溺れるジェリー
決して見捨てないブライアン
そんなブライアンが射殺され、
ジェリーに居候を提案するオードリー
周りの人々に支えられるジェリー
しかし薬物の誘惑に晒され続け、、
逃避と認識
モルダー捜査官こと、一家を支える夫・ブライアンが無くなってから物語は動き始めます。
正確に言えば環境は変わっていくけれど、変化を認識できない人々の物語が始まると言ったところか。
未亡人となったオードリーですが、豪華な家に住み、夫が遺した財産により金銭的な将来の心配はありません。
朝起きて、子供の食事を用意して、家の修理に精を出す。
何ら変わりの無い毎日に唯一欠けているのは、そこにいるはずの夫・ブライアンの存在だけ。
それはまるでブライアンが出張にでも行っているかのようで、現実味に欠けているんですな。
オードリー自身が彼の死を受け入れられず、一種の逃避に入ってしまったわけです。
親友だったジェリーはもっと深刻で、弁護士と言う立派な仕事をしていたにも関わらず、麻薬に溺れ自堕落な生活を送っています。
誰もが彼との関係を断つ中、ブライアンだけは彼を心配し、面倒を見ていました。
麻薬を止めることを誓っては再び手を出し、手を出しては止めることを誓う毎日。
彼もまたつらい出来事やストレスに耐えられず、薬物に手を出しては現実逃避を繰り返しているわけです。
そんな彼を見放さず、友情を超えた情で支え続けたブライアンもいなくなり、それをきっかけに立ち直ろうとするも現実は厳しく。
強い決意と麻薬の誘惑で葛藤している最中に、オードリーの提案により一緒に暮らすことを選ぶわけです。
親友と妻の心の支えとなっていたブライアンという存在の死を認め、立ち直っていくまでの過程を描いた作品ですが、とにかく演出が丁寧な印象。
時に夫の代わりとして、また父の代わりとして、互いに依存していく様は生々しく、妙なリアリティに溢れています。
またいかなる決意があれど、切れそうで切れない麻薬の怖さにも現実味を感じますね。
エンディングに至ってまで、未だに中毒から抜け出せてはいないジェリーの独白が非常に印象的です。
総じて涙溢れる感動物語というわけでもないですが、何か深く心に残る余韻があります。
あとは登場人物がどれも素敵な人ばかり。
子供たちは言わずもがな、ご近所さんも中毒者支援施設の職員も、とにかくお人好しで素敵です。
これだけの人たちに囲まれ、支えられればそりゃ幸せですよね。
それ故に中毒から抜け出すプレッシャーがストレスになったりもするのかもしれませんが。
強いて不満があるとすれば、映像がキレイすぎることくらいですかね。
全体的に控えめない演出はリアリティを生む反面、画的な変化に乏しい欠点にもなり得ます。
平凡でドキュメンタリー風にも見える映像の中で、薬物中毒に陥った苦しみを描くには少々物足りなかったかなと。
ハル・ベリーとデルトロ兄貴という、屈指の演技派俳優にだいぶ助けられているようにも見えますね。
そういう意味では予定調和と言いますか、深い物語に対して取り繕ったような演出がやや気になります。
まとめ
深く傷ついた人たちの心の機微を表現するカメラワークと、それに応える演者たちと、どちらも一級品の完成度であり、これだけでも観るに値するものだと断言します。
複雑で難しいテーマにも関わらず、2時間の枠に抑えた編集も素晴らしく、監督の手腕も実に素晴らしい。
やや甘めな仕上がりになったのが引っかかりますが、これは好みの問題だと思います。
地味な映画ではありますが、奥ゆかしい味わいに溢れた傑作です。
ぜひ一度ご鑑賞くださいませ。